ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)
第百四十一話:「立春大吉」
2023/02/03
最終更新:2026-07-29
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二十四節気の最初は二月四日もしくは五日の「立春」で節分の翌日です。 陰暦の頃は、新年と春が接近していましたが、陽暦が採用されて以降、まだ寒い盛りに 「春来る」と言ってもピンと来ませんが、冬をやり過ごそうと言う心の支え、 意識を春へと感じ取ることは、日本人の季節の推移に敏感で、 せっかちな感性を示すものかもしれません。 西洋風に合理的な手法に基づき、黄道上の太陽の位置によって、冬至と春分との中間を、 「これから春になる日」「年の初めの日」と決めたのですから、暖かい季節が春なのでなく、 春になったから暖かくなると考えた方が良さそうです。 立春の雪白無垢の藁家かな 川端茅舎 立春の雨やむ群ら嶺雲を座に 飯田蛇笏 昔から日本人は、春が来ると言う気持ちを大事にして来ました。 節分の日の夜になると「鬼を退散させるのだと言って豆を撒く」厄落としの習俗は今にも残るし、 春になると「異郷から神が訪れて来て、村々の生活が幸福であり、 穀物の実りが豊かであることを約束して、帰って行った」と信じて来ました。 その約束の言葉が「立春大吉」と言い、寺社のお札に、縦書きの墨字で書かれた半透明のお札を、 立春の日の朝、ガラス戸や障子に張り付ける風習が残っています。この四文字すべてが、 左右対称なので、表から見ても裏から見ても同じ「立春大吉」と読めるので、 この文字を見てある家の屋内へ入り込んだ鬼が、ふと振り返ると、同じ文字が目に入り、 次の家へとすぐ出て行った、と言う謂れに由来するようで、「開運除災招福」の護符として、 次の年の立春に新しいお札に張り替えるのだそうです。 雨の中に立春大吉の光りあり 高浜虚子 立春大吉舟屋の前に赤き浮子 池上樵人 ところで「春立つ」は、暦の上の節気用語の「立春」とは、厳密に言って違う古語だそうで、 「八雲たつ」などの古代用例から、自然現象を言う表現で、春の誕生を言祝ぐ歓喜の気持ちが 籠っている言葉で、古代人が、如何に春を待ち焦がれたかが想像出来るし、 太陽の生命への讃歌とも言えそうです。 ひさかたの天の香具山この夕べ霞たなびく春たつらしも(柿本人麻呂) 岩ばしる垂水の上の早蕨の萌えいづる春になりにけるかも(志貴皇子) 春立ちてまだ九日の野山かな 松尾芭蕉 春立つや愚の上にまた愚にかへる 小林一茶 花鳥にひま盗まばや春も立ち 杉山杉風 春立つや朝夕はまだ海の音 堀 麦水 春立つ夜あの世の友にも為事あれ 中村草田男 |

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