ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)

第壱百十話:「江戸の本屋は新年行事の一役を担った」

2020/01/01
最終更新:2026-07-29
今ではスマホや「イー本」の普及もあり、本屋へ足を運ぶ人が
随分減ってはいますが、こと書に親しむことに関して、日本人は、千数百年も前から、
世界最古の高い識字率を誇って来ました。
それは、西欧のように、貴族や学識者に限らず、万葉集の「読み人知らず」に
代表されるように庶民階級にまで広まり、平安時代に入ると、世界最古の女流文学と
讃えられる紫式部や清少納言の書が、広く愛読されました。
最古の本屋は17世紀初期、京都に誕生、古活字版の仏典で、やがて平仮名交じりの
「嵯峨本」が登場します。
当時「書林」と呼ばれた本屋は古典歌書から「源氏物語」「方丈記」「徒然草」など
文学書へと勃興期を迎えると、17世紀後期には大阪へと出店され、
18世紀初頭に江戸へも出店が続き、18世紀中後期、殊に元禄期に
読者層が拡大するにつれ、書目も教養本から娯楽本へと多くなりました。
 
18世紀末期から19世紀の文化文政期には、文字通り爛熟期となり、
大衆化が一層進むと、学問的な書物を扱う「書林」に加えて、江戸独自の出版を始めた
「地本屋」と称された大衆紙(洒落本、滑稽本、人情本、黄表紙=挿絵入りや漫画本)が
主流となりました。
中でも、大衆化した一般の読み物であった草紙類は、正月の贈答用、娯楽用として
重宝されたから、年末年始を当て込んで新刊書や浮世絵等の刷り物が大量に出版され、
大売出しされました。
(当時の本屋は出版と販売を兼ねていました。両者が分離するのは、明治以降です)
 
本屋としては、正月用品として「初刷り」の出版物を用意し、店頭で賑々しく、
祝いもの、縁起物、贈答品として商売繁盛を願って「売初」をやれば、
買い手は、縁起物や初笑いの種を求めて滑稽本や黄表紙を「買初」することが
年中儀式となりました。
また、新年の清々しさの中、書初めの後に始めて本を読む「読初」が儀式化され、
中世男子は「日本書記」や仏典・儒書を、女子は「文正草子」などを学問初めとして、
近世以降は、より大衆化され吉兆を呼ぶものや大衆読み物等へと
読書対象が広がって行きました。
 
初刷りのあやまりし表紙かな 久保田万太郎
買初に雪の山家の絵本かな 泉鏡花
買初や書狂は城を傾くと 山口青邨
謹で君が遺稿を読みはじむ 高浜虚子
傾倒する馬鹿一ものを読初 富安風生
 
江戸のブックセンターは当時から情報発信地だった日本橋地区に集中しており、
和紙は薄くて軽いので、参勤交代の侍・従者たちや旅人・商人たちの土産物としても
全国的人気がありました。
大手の大衆書を扱う「地本問屋」の屋号では、鶴屋(京都の出店)、
蔦屋(歌麿・写楽の版元)、村田屋(十返舎一九の版元)、鱗形屋(浄瑠璃本)などが
有名でした。